大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和45年(ウ)283号 決定

東京都保谷市中町一丁目一一番二四号

申立人 菊池五郎

〈ほか四名〉

右五名代理人弁護士 坂本修

〈ほか三一名〉

右申立人らより当庁昭和四三年(ネ)第二、八八一号雇傭契約存在確認等請求控訴事件について、裁判長判事平賀健太を忌避する旨の申立があったので、当裁判所は、次のとおり決定する。

主文

本件忌避の申立を却下する。

理由

本件忌避申立の理由は、別紙添付のとおりである。

申立の理由一および二について

所論は、要するに、平賀裁判官は、裁判官として不適格か、または裁判官としての適格性を欠く疑いがあり、現に、申立人らおよび申立人ら代理人は裁判官訴追委員会に対し、この点を理由に同裁判官の罷免の訴追請求をしている。このような場合には、裁判の公正を妨ぐべき事情があるから、同裁判官は本件事件はもとよりいかなる裁判にも関与すべきでない、というに帰する。しかしながら、民事訴訟法第三七条にいう忌避の原因となるべき「裁判官に付裁判の公正を妨ぐべき事情があるとき」とは、裁判官と具体的事件との間に客観的に公正な裁判を期待しえないような人的、物的に特殊な関係がある場合をいうのであり(忌避の制度は、除斥の制度を補充し、弾力性をもたしめるための制度であって、その制度が設けられた趣旨は裁判権行使の公正と裁判に対する国民の信頼を担保することを目的とした除斥の制度と同様の趣旨に基づいたものであるから、忌避の原因について除斥の場合と異なり画一的な規定をなさず、裁判の公正を妨ぐべき事情を裁判所の判断に委ねているとはいえ、その範囲は民事訴訟法第三五条に掲げる除斥原因や上記の制度の目的に照らし、叙上のように解するのが相当である。)、具体的事件と直接無関係な裁判官としての適格性、行状、思想、単なる法律上の見解等に関する一般的事由は、忌避の原因を構成するものと解することはできない。このような裁判官としての適格性、行状一般に関しては、裁判官弾劾制度や裁判官分限制度が設けられており、これらの制度によるべきである(憲法第七八条、裁判所法第四八条)。なお、申立人らは、憲法第三二条は、裁判官としての適格性を備えた裁判官による裁判を受ける権利を保障したものであり、そうでなければ、憲法の右条項は形骸化される旨主張するけれども、憲法第三二条は、法律の定めた資格を有する裁判官による裁判を受ける権利を保障したものであり、裁判官は法定の資格者として任命された以上、憲法上一定の手続で罷免される(憲法第七八条裁判所法第四八条)までは裁判官としての身分を保有するのであるから、憲法第三二条を申立人ら主張のように解することはできない。ところで、申立人らの主張するところは、前説示の一般的事由に当たるものであり、本件訴訟事件との具体的関係について裁判の公正を妨ぐべき事情についての主張といいえないことは明白である。申立人らは、本件訴訟が労働事件で国民の権利に直接関係する重大な事件であることを強調するけれども、たとえ右の事情があるとしても、このことから申立人ら主張の事由が事件との間に特殊な関係を生ずるものとは認められない。

また、平賀裁判官の言動として申立人らの指摘するところも、同裁判官が本件事件とは無関係に、雑誌、論文集等に法律上の一般的見解ないし所感等を表明したに過ぎないものであるから、前説示の理由から、これらの言動をもって、忌避の原因たる事由とすることはできない。

したがって、この点に関する申立人らの主張は、いずれも忌避の原因を構成しないものというべきである。

同三について

しかし、申立人らの主張するところによると、本件事件の当事者である申立人らおよび申立人ら代理人がした裁判官訴追委員会に対する平賀裁判官の罷免の訴追請求は、同裁判官のいわゆる「裁判干渉問題」を理由とするものであり、この理由自体は、同裁判官と本件事件との間の特殊な人的物的な関係に基因するものでないことは明白である。このように、具体的事件との特殊関係に基づかず、単に本件事件の当事者である申立人らおよび申立人ら代理人が同裁判官の訴追請求者であるというだけでは、直ちに裁判の公正を妨ぐべき客観的事由がある場合に当たるということはできないというべきである。このことは、自らの意思により、その危険負担において訴追の請求をした結果、裁判官に悪感情を抱かれて不利益な裁判をされる心配が生じたということだけでは、その不安感がいかに大きいものであってもこれを忌避事由として認めることはできないという点からみても首肯しうるところであろう。

なお、申立人らは、申立人らおよびその代理人と平賀裁判官との間の前記のような関係は、実質的な除斥事由に当たると主張するけれども、このように事件の当事者またはその代理人が担当裁判官の訴追請求者であることが、民事訴訟法第三五条に掲げる除斥原因に当たらないことは論ずるまでもなく明らかである。

同四について

昭和四五年三月二六日の口頭弁論期日において、平賀裁判官が申立人らの裁判所の構成を従前の構成によるべきものとする要請や回避の勧告を拒否した態度は、申立人らに対する敵意と偏見のあらわれであるというのであるが、裁判所の構成についての要請や裁判官に対する回避の勧告を当該裁判官が採り上げなかったからといって、平賀裁判官が申立人らに対し敵意と偏見を有し、不公正な裁判をするおそれがあるものとは到底認められない。

なお、申立人らは、申立の理由一ないし四を総合して忌避の原因を構成するというが、これら申立人らの主張事由を総合しても、平賀裁判官に本件事件の裁判の公正を妨ぐべき事由があるものと認めることはできない。

以上の次第であるから、本件忌避の申立は却下することとし、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 柳川真佐夫 裁判官 武居二郎 裁判官 楠賢二)

〈以下省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例